1934年1月7日千葉県市川市に生まれる。戦時中、広島市に住んでいたが、原爆の前年に市川市に戻ったので、被爆は免れた。5歳から独学で作曲を始め、12歳の時、平井康三郎氏に師事したが、東京大学に進学、在学中の作品「管弦楽のための三楽章」が認められたことがきっかけで,東大卒業と同時に東京芸術大学作曲科に入学、作曲を長谷川良夫氏に、指揮を渡辺暁雄氏に師事した。副科として、オーケストラの全ての楽器をマスターし、卒業後は一時期ホルン奏者としてプロのオーケストラでトップを吹くなど活躍していたが、若手の弦楽器奏者達と東京ヴィヴァルデ合奏団を結成、その指揮者として3度のヨーロッパ公演で、原爆犠牲者に捧げる自作品「レクイエム・シャーンティ」他を演奏し、広島の心を伝えるその作品の感動的な大成功により、作曲家としても指揮者としても、一躍国際的な名声を博した。いろいろなジャンルにわたる作品が多数あるが、その内のいくつかはドイツで出版され、日本よりもむしろ国外で多く演奏されている。