潮流


        日本とともに世界の音楽の潮流を自由な眼で展望するコーナーです。
        音楽批評家、石田一志氏が 隔月で纏めていきます。



石田一志の音楽散歩 第2回

2002統営国際音楽祭
(TONGYEONG INTERNATIONAL MUSIC FESTIVAL 2002)

尹伊桑の業績 多角的に
生地・韓国で触れた作品と人柄

 韓国が生んだ世界的な作曲家、尹伊桑(ユン・イサン)(1917-95)の生地・統営で、去る三月八日から十六日にかけて「2002統営国際音楽祭<序奏と追想>」が開かれた。統営は釜山から車で西に二時間強の距離にある慶尚南道南部の港湾都市。閑麗海上国立公園の中心をなす大小百五十の島からなる景勝地だ。音楽祭は市の主催、副題は尹の曲名である。
 尹伊桑は1960年代前半に、東アジアの伝統音楽の特質から導いた独自の前衛的な語法でヨーロッパの音楽界に頭角をあらわした。67年、KCIAによって当時の西ベルリンからソウルに拉致され、スパイ容疑で検察から死刑を求刑された。ストラヴィンスキーを含む世界の音楽家たちの嘆願と西独政府の強い抗議により、二年後に釈放された。
 西独の市民権を獲得した尹は、改めて作曲家、教育者、また民主化運動家として活躍した。こうした政治的背景から、帰国が叶わず、故国での作品演奏の機会も生前はなかった。
 その後、状況は大きく変わった。この間に尹の音楽の国内普及にもっとも努力してきたのが、今回、音楽祭の芸術監督を務めた、孫弟子にあたる若手作曲家の金勝根(キム・スンクン)氏である。
 参加者は、チョン・ミョンフン指揮のフランス国立放送フィルほか二つの韓国のオーケストラ、ドイツやオランダ、スイス、日本(「アンサンブル東風」)、それにウイーン少年合唱団まで含む国際色豊かなものとなった。
 音楽祭には尹の業績を明らかにするプログラムが多角的に盛り込まれていた。尹伊桑特集に加え、ほとんどすべての音楽会に彼の作品が組み込まれており、前衛的なその音楽をスタンダードな名曲と一緒に親しむといった工夫があった。そのためか市民の関心は極めて高かった。
 筆者に興味深かったのは、尹の門下生にあたる韓国の金正吉(キム・ジョンギル)、日本の松下功や細川俊夫、英国のキース・ジホード、台湾の潘皇龍(バン・ファンロン)、フィリピンのフィデリコ・フェリチアーノらの作品が集められたこと。様式の混在を避けて楽想を徹底するといった傾向は彼らに共通していたが、作風や音に対する感性は全く異なる。そこに、個人の主体性を重んじた尹の指導ぶりが浮かび上がってきた。
 シンポジウムでは、研究者や遺族らによって、作曲家が抱き続けた統営への想いが、彼の人となりとともに具体的に語られた。例えば、「弦楽四重奏曲第六番」の鳥の歌の引用は統営の自然と関係があるという指摘は初耳で、翌日行われたアマティ四重奏団(スイス)によるこの曲の演奏を、そのイメージに重ねて聴いた。
 また、韓国の若手とヨーロッパの混成アンサンブルによる代表作「ピース・コンチェルタンテ」の心に残る名演など、ほかにも収穫はいろいろあった。
 昨年の「尹伊桑音楽祭」が発展した形の今年の国際音楽祭。さらに平壌のユン・イサン・アンサンブルも加わり、音楽を通じた南北の統一という、尹の果たせなかった夢が実現されればと思う。


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