潮流


        日本とともに世界の音楽の潮流を自由な眼で展望するコーナーです。
        音楽批評家、石田一志氏が 隔月で纏めていきます。



石田一志の音楽散歩 第4回

日本の作曲2002年回顧

 2002年の作曲界は管弦楽作品を中心に活発な創作活動が展開した。とくに活躍が目立ったのは湯浅譲二、佐藤聰明、田中カレン、それに若手の望月京である。いずれも海外での活動に実績をもっている顔ぶれであった。
 湯浅譲二はまず日本フィル創立45周年記念委嘱作品《内触覚的宇宙第5番》を1月定期で発表。和太鼓を含む打楽器の打ち出すエネルギーにやがて音列による旋律が絡み合い土俗的な終結部に至る、いわば「音楽的な説話性」を明確にしたこの作品で第51回尾高賞を受賞した。「コンポージアム2002」(東京オペラシティ)の「湯浅譲二オーケストラの情景」では、ヘルダーリンの「人生の半ば」をテキストに孤独な詩人の心境をバリトンが歌い、合唱と管弦楽は彼をとりまく外界を象徴する《コズミック・ソリテュード》、最近の作曲者のクリアーな叙情性が味わえる《シベリウス讃ーミッドナイト・サン》の2作の日本初演曲と、八〇年にXデーのために作曲されたという全5楽章からなる《オーケストラのためのレクイエム》の世界初演が演目に含まれた。リチュアルな性格の《レクイエム》の、とくに静的な面は、その後の作曲者の叙情的な音楽の方向を暗示していた。
 サントリー音楽財団主催の「作曲家の個展2002」(10月7日、サントリーホール)は佐藤聰明のオーケストラ作品特集。弦楽合奏のための《黄昏の香りを聴く》、それにチェコのオストラヴァ音楽祭で世界初演された《峡谷》(2001)、ニューヨーク・フィルの特別演奏会で委嘱初演された《季節》(1999)の日本初演。さらに今回委嘱作品の《ヴァイオリン協奏曲》の世界初演という演目。彼のオーケストラ作品がまとめて演奏されたのは初めてのことである。すべての作品とも特別な弱奏と緩徐な運びによって、その微妙な音楽的な気配に傾聴を強いる作風。アン・アキコ・マイヤーズを独奏者に招いた《ヴァイオリン協奏曲》だけは、ヴァイオリンに深い歌があり、オーケストラの静けさの奥行きと絶妙な関係を築いた。
 田中カレンは、NHK交響楽団の特別演奏会「ミュージック・トゥモロー2002」で委嘱作品の《失われた聖地》を発表。これは、前年のテロに影響を受けて作曲された作品。象徴的な鐘の音、チェロの雄大な旋律が大河ドラマ風に流れ、そこに機関銃のような小太鼓の音が別の時間を刻んだ。「サントリーホール国際委嘱シリーズ:エサ=ペッカ・サロネン」でも田中カレンの《ローズ・アブソリュート》が世界初演された。香水からイメージを膨らませたという作品。水面に広がる波紋のように音型が変容しながら緩やかにひろがってゆく。調性復帰の心地よい雰囲気をもっていた。
 望月京は読売日響6月定期で委嘱作品《メテオリット〜隕石群》を発表。さまざまな動きを含んだ響きの種子を提示して、その要素をオケの各セクションで発展させながら、それを遮る音を挟みながら収束させてゆく、しっかりとした筆致の作品。さらに、第12回芥川作曲賞本選会では委嘱作品《オメガ・プロジェクト》を発表した。これは比較的透明な薄い響きを基底に、断片的な楽句の応酬、楽器間の対比、色彩的な移行などが効果的におこなった作品。望月京はこの作品で第13回出光賞を受賞した。
 その他の話題作には次のような作品がある。
 N響2月定期で初演されら細川俊夫の《海からの声》。冒頭は静謐でリリックな色彩感に包まれていたが、後半のダイナミックな展開は、彼の作風の変化を思わせた。オーケストラ・アンサンブル金沢第117回定期では、権代敦彦の笙とオーケストラのための《愛の儀式ー構造と技法》、猿谷紀郎の横笛と和太鼓を加えた複協奏曲の《ときじくの香の実》、西村朗の二十絃箏協奏曲《樹海》、一柳慧の尺八協奏曲《音に還る》の4作の協奏的作品が一挙に初演された。なかでも権代作品は、音楽的祭祀といえる効果的な演出が好評だった。「都響スペシャル」で改訂初演された野平一郎の《エレクトリック・ギターと管弦楽のための「炎の弦」》。強烈な第1楽章、静かな第2楽章からなり、新しい音素材として、ギターのディストレーションの効果を多用しているのが特徴。
 また管弦楽曲の主な作曲賞の結果は次の通りである。
 武満徹作曲賞は今回湯浅譲二が審査員で、スティール・ドラムを強調した山本裕之の《カンティクム・トレムルムII》とガムラン的な響きを残したイザン・ダジュディンの《テヌナンII》の2作がそのソノリティを評価され1位をわけあった。
 第25回「現代日本のオーケストラ作品」の入選作は、佐井孝彰の《讃歌》、森佳子の《The Voice of Trees》、長生淳の《春ー青い泡影》の3作。音事象の絶えざる運動が全体的な響きをつくる、音響の内部構造への入念さが評価された長生作品が、この5年が授与がなかった作曲賞を獲得した。
 第12回芥川作曲賞は、本選会で夏田昌和の《アサトレーション》、河知奈尾子の《雲の風景》、魚路恭子の《空間の為のエチュード》が候補作として演奏され、種々の楽器法の重層的な使用による多彩な音響変化と複雑なリズム法をもった夏田作品が受賞した。とくに鮮やかな両端部は印象的。音楽様式のめまぐるしいまでの連続変化の魚路作品も興味深い問題作であった。
 創作歌劇では話題になった初演作は意外に少なかった。まずオペラシアターこんにゃく座での、井上ひさし原作、林光の台本・作曲の《イヌの仇討ちあるいは吉良の決断》。「コミックディスカッションオペラ」と名付けられているように、大半の場面が対話で成り立ち、また駄洒落を含む多量の言葉が歌われる。日本語の旋律化を特別に考慮した歌劇で、音楽と芝居が絶妙のバランスであった。
 ニッセイ・オペラ「日本人作曲家オペラ・シリーズ」は96年にグラーツ歌劇場で世界初演された久保摩耶子台本・作曲の《羅生門》の日本語版の初演(11月15日、日生劇場)。多彩な打楽器、チェレスタ、和太鼓などを効果として用いた音響や僧侶役に起用したカウンターテノールは耳を引きつけた。
 なお、作曲家では佐藤敏直(65歳)、山本直純(69歳)の両氏が亡くなられた。


バックナンバー

第三回 伊福部昭米寿記念演奏会
第二回 2002統営国際音楽祭
第一回 オストラバ・ニュー・ミュージック・デイズとガウデアムス音楽週間

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