潮流


        日本とともに世界の音楽の潮流を自由な眼で展望するコーナーです。
        音楽批評家、石田一志氏が 隔月で纏めていきます。



石田一志の音楽散歩 第5回

追悼 石井真木

故石井真木氏
 去る4月8日に甲状腺未分化癌によって66歳で死去した石井眞木の交響詩《幻影と死》が、ゲルト・アルブレヒト指揮の読売日響7月定期で世界初演されることになった。棺の中にも収められた故人の遺作である。
石井眞木の近年の話題作といえば、1999年10月にオランダ政府委嘱作品として世界初演され、翌年11月に日生劇場の邦人オペラシリーズ第1回で日本初演された《閉じられた舟〜ある僧侶の地獄への旅と生還》であろう。熊野に伝わる「補陀落渡海」と「日本霊異記」の説話のひとつに基づくオペラであった。櫨もない外も見えない目隠し駕篭舟で極楽浄土を目指して船出するひとりの僧侶の姿を通して、仏教的死生観を描き、同時に目前の死を直視することで人間の弱さ,愚かさを指摘した内容であった。遺作の交響詩のタイトルから、すぐに想ったのはこのオペラであった。石井は《閉じられた舟》のなかで、成仏を受けるまでの中間の時空である「中有(バルドー)」という概念を持ち出しているが、彼自身癌との戦いのなかで一種の「中有」体験をもち、そのいわば幻影を交響詩に託そうとしたのかもしれない。このような予想はともかくとして、石井の最後の音楽的メッセージをしっかり聴いてみたい。
振り返れば石井の音楽はほぼデビュー当時から聴いてきたが、じつにダイナミックな活動の展開を示した作曲家であった。ポスト・ウェーベルン様式の《バガテルン》や《アフォリスメン》で登場した石井は、当初活動の中心に日独音楽祭を置いていたが、70年代はじめには洋楽器と邦楽器の混成アンサンブルTOKKアンサンブルを率いて欧米で声明や平家琵琶などを紹介。同時に《モノプリズム》に代表される東西の遭遇の音楽に至った。その間にも、クラスター音響、反復音楽、あるいは新ロマン主義など敏感に時代の技法や語法を先駆的に活用した。とくに豊かな実りのあったのが80年代半ばのことで、交響詩《祇王》、バレエ《輝夜姫》、それに《蛙の声明》は、彼の視点の多角性と柔軟な発想が結合した代表作であり、独特の個性を発揮した傑作である。
90年には、大規模なアジア音楽祭で一緒に活動もしたが、後輩作曲家たちを育成する手腕もその時垣間みた。その後、石井は「日中友好合作現代音楽祭」の企画・構成に意欲的に取り組み、同時に日本の古典文学や説話だけでなく中国の古典などにも題材を得た新境地を開拓していた。この活動と創作とが、ほぼ軌道に乗り始めたところでの病没で、より本格的な成果と更なるダイナミックな展開を期待していただけに、まったく残念な思いがする。それにしても石井眞木は、行動する作曲家としての頼もしさを最後まで感じさせた傑物であった。ご冥福をお祈りしたい。

バックナンバー

第四回 日本の作曲2002年回顧
第三回 伊福部昭の米寿記念演奏会
第二回 2002統営国際音楽祭
第一回  オストラバ・ニュー・ミュージック・デイズとガウデアムス音楽週間

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